昭和24年、千葉県下国鉄気動車内へのポスター懸垂器具設置からポスター製作、広告営業およびその掲出撤去作業など千葉県内における国鉄広告事業を興業しました。
広告営業、制作、取付作業まで一貫した業務の取扱をはじめました。
当時は、国鉄からの告知に下段に広告主の広告が挿入されるタイアップ広告でした。

昭和27年には、 県内の気動車内の中吊り広告の取扱がポスター懸垂器具設置に関する費用を弊社が負担することで正式に国鉄から承認されました。これを機に、駅ポスターを含む県内の国鉄広告事業を拡大することになりました。気動車内の中吊りポスターに関しても、ポスター製作から営業そして掲出撤去作業まで一貫したものでした。

昭和29年には、 全国で初めての気動車区が千葉(西千葉)に誕生し、ここを(ポスターの掲出撤去)拠点として、車内広告の集中的管理が行えるようになりました。

JR西千葉駅より稲毛寄りに位置し現在は公園となっており、動輪記念碑が建てられている。(資料:千葉鉄道管理局史)
昭和35年には、千葉鉄広告協同組合が発足し、弊社創業者 鵜澤六治が初代理事長に就任しました。その鵜澤六治が提唱し賛同いただいた多くの国鉄職員を発起人とし完成した、千葉機関区記念碑(動輪碑)が昭和43年2月に竣工し、2月7日には、残雪残る千葉鉄道管理局内にて厳かに竣工式典が挙行されました。弊社は式典の記録撮影など全面的にバックアップしました。
その時の様子をまとめたムービーは以下よりご覧になれます。
http://www.eikosha.com/prof/

鵜澤六治が描いたスケッチ